2016.01.20 (Wed)


朗報 零戦が再び日本の空を舞う


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また戦争になる?

日本の航空技術の粋を集めた零戦が関係者の努力によって再び日本の空を舞うという、まさに感涙のニュースを産経ニュースが伝えている。
長文のコピペご容赦。

⇒産経ニュース(2016/1/20)
戦後初 零戦、再び日本の空を舞う 「先人が築いた技術をみよ」
1月27日、鹿児島県鹿屋市


反日0026
2008年に米国カリフォルニア州でテスト飛行を行った零戦。まもなく鹿児島の上空を飛ぶ(零戦里帰りプロジェクト提供)

 零式艦上戦闘機(零戦)が今月27日、海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿児島県鹿屋市)の上空を飛ぶ。機体を所有するニュージーランド在住の日本人と、防衛省などの調整が終わったことが20日、わかった。日本の空を零戦が舞うのは、戦後初めてで、関係者は「日本の繁栄を築いた先人の勤勉さと技術革新に、思いをはせるきっかけにしてほしい」と語った。(奥原慎平)

飛行予定日は27日、周囲から見学を

 飛行予定日は27日で、28、29を予備日としている。基地内への立ち入りは禁止だが、周辺で飛ぶ様子を見ることはできる。パイロットに、零戦の飛行免許を持つ米国人を招く。
 機体は、ニュージーランドを拠点に、フライトジャケットの製造・販売会社を経営する石塚政秀氏(54)が所有する。
 現在、飛行可能な零戦は世界中に6機ある。所有者のうち日本人は、石塚氏だけという。平成22(2010)年5月、国内で零戦を飛ばす「零戦里帰りプロジェクト」を設立した。

トラブルから夢実現へ

 プロジェクトのきっかけは、トラブルだった。
 19年半ば、石塚氏のもとを、北海道小樽市の関係者を名乗る男性が訪れた。博物館で展示するために、零戦を入手したいが、その交渉を手伝ってほしいという依頼だった。
 石塚氏は、米国の飛行機収集家やパイロットに人脈があった。石塚氏は仲介を引き受けた。
零戦を保有する米カリフォルニア州の有名バイクレーサーと売買契約を結んだ。彼が所有する機体は、パプアニューギニア・ラバウル近郊に放置されていた零戦22型で、米国人が1970年代に入手し、飛べるように復元していた。
 だが、契約後にリーマン・ショック(2008年9月)が発生した。男性が持ち掛けた零戦展示構想は、景気悪化のあおりを受けて、中止になったという。
 売買を取りやめれば、米国人レーサーから億単位の違約金を求められる。石塚氏は訴訟も考えたが、相談した弁護士に「零戦を生かす方法を考えた方が、自分の人生のためではないか」と諭された。
 石塚氏はもともと、飛行する零戦を日本人に見てもらいたいと夢を抱いていた。「それなら、日本で零戦を飛ばそう」。腹をくくった。
 3億5千万円かけて零戦を購入した。ニュージーランド・クライストチャーチにある牧場や自宅、車などを売り、借金もした。
 購入から4年半が経過した平成26年9月、機体が横浜港に到着した。駐機先は、隊員の研修用機材にすることを条件に、鹿児島県の鹿屋航空基地に決まった。
 鹿屋市までの輸送費などとして、インターネット経由で寄付金約2340万円を集めた。昨年7月初旬にエンジンテストも終え、いざ公開飛行を待つだけになった。

省庁との交渉難航

 だが国内で零戦の実機飛行は前例がない。関係省庁との交渉は難航した。
 しかも、安全保障関連法案の国会審議が進む中で、戦中を思い起こさせる零戦の飛行に、関係省庁の中には難色を示す担当者もいた。
 安保法成立直後、機体の設計図や復元の課程を示す資料を全てそろえて国土交通省に飛行許可を申請した。実機検査を11月末に終え、12月18日、1カ月以内を目安に飛ばすことを条件に、飛行許可が下りた。基地上空の飛行も今月19日、鹿屋航空基地と調整を終えた。
 石塚氏は「単に零戦が好きだからではない。先人が作り上げ、終戦後、二十数年で世界2位の経済大国にのぼりつめた世界最先端の技術をみてほしい。彼らの努力が、現在の日本の繁栄を築いたことを多くの日本人が気がつくきっかけにしたい」と語った。
 ようやく公開飛行にこぎ着けたが、米国人パイロットと整備チームの滞在費や機体の送料などを考えると、まだ約2千万円が足りないといい、プロジェクトではスポンサーも募っている。問い合わせは同プロジェクトウェブサイト(https://www.zero-sen.jp/)から。

 ◇

■零戦里帰りプロジェクト(外部サイト https://www.zero-sen.jp/)

 ◇◇

 【用語解説】零戦

 三菱重工業が開発し、同社と中島飛行機が計1万機以上、生産した。制式採用された昭和15(1940)年が、皇紀2600年にあたることから、零戦と呼ばれた。旋回など運動能力に優れ、航続距離は最高3千キロと、米グラマン社のF4(ワイルドキャット)の2倍以上あった。
終戦後、日本ではGHQ(連合国軍総司令部)によって航空機研究が禁じられた。零戦技術者の多くは、ほかの産業に移り、日本の経済復興に尽力した。例えば、零戦の燃料噴射装置を開発した杉原周一氏は東洋陶器(現TOTO)の社長となって、同社の中興の祖と呼ばれる。


(引用終わり)

日本の空を零戦が飛ぶなどとはまさに夢のようだ。
時代は変わった。
昔では考えられないことだ。
石原慎太郎氏が産経新聞に「航空産業は国家の命運を握る」と題して、MRJはアメリカに遠慮せずにもっと大型にすべきだったと書いている。
戦後日本の航空機開発は再三アメリカに阻害されてきた。
ゼロ戦に痛みつけられたトラウマがそうさせているのである。
日本の航空機技術の優れていることを一番よく知っているのは日本と戦ったアメリカである。

⇒産経ニュース(2016/1/18)
【石原慎太郎の日本よ ふたたび】
航空機産業は国家の命運を握る…MRJは米国に気兼ねせずもっと大型にすべきだった


日本の空を零戦が飛べば、安保法制を廃案にしたい反日サヨクがまた「戦争になる」と騒ぐに違いない(笑)。


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23:39  |  時事雑感  |  TB(0)  |  CM(7)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

1995年に茨城県の龍ヶ崎飛行場で本物の零戦が飛んでいます。戦後初ではありません。
 |  2016.01.21(Thu) 00:11 |  URL |  【コメント編集】

自分の国を自分で守る国になろうとしている、戦前の先人の気概を取り戻そうとしている日本には、大空を翔る零戦を見られるなんて胸踊ることですね。
奈々子 |  2016.01.21(Thu) 00:35 |  URL |  【コメント編集】

産経の誤報です。戦後初めて、ではない。
 |  2016.01.21(Thu) 06:45 |  URL |  【コメント編集】

自分の国の作った飛行機をただ自分の国の上空に飛ばすのに
こんなに手間のかかること自体が問題じゃないのか。

なんだ、
冷戦を飛ばす免許を持った米国人って。
誰がどう許可を与えてるんだ?
ごんべえ |  2016.01.21(Thu) 07:59 |  URL |  【コメント編集】

★青空に舞え!

青空に舞う「零」の雄姿を見てみたいですね。
そして「朝日新聞」の記事も期待したい。
多分、ミンス始め狂惨党、斜民党等は狂い出し「撃ち落とせ」等と国会で追及するんじゃないのかね?
008 |  2016.01.21(Thu) 10:12 |  URL |  【コメント編集】

★日本の左翼は、心の遊びと余裕が無い。

ゼロ戦ぐらいでガチガチになる人種なんだ。
しかしゼロ戦の特攻でアメリカの肝を冷やした事は、間違いない。
幾らクレイジーな戦術で有っても、アメリカ人に出来ない。
それは、宗教が絡んでいるから自殺行為は、許されないのかも知れない。
先の戦争では、真の神風は、吹かなかった。なぜなのか?
日本が、キリストの様に磔刑の様な役回りを負った感じだ。
二度ある事は、三度ある。
日本の変わりの節目にゼロ戦が、日本の空を舞うことは、感慨深い。
色々あるが、何かの前兆としてとらえてしまう。
katachi |  2016.01.21(Thu) 10:13 |  URL |  【コメント編集】

★では何故

零戦が日本の空を飛んで戦争になるなら「宇宙戦艦ヤマト」の大ヒットで戦争が起きると何故言わなかったの?あ、ガルパンの地方活性化を邪魔したね(笑)
カワハギ |  2016.01.21(Thu) 20:28 |  URL |  【コメント編集】

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