2014.08.15 (Fri)


朝日新聞終了の日が近い

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今日敗戦の日、朝日新聞社説にその予感

 敗戦の日の今日、朝日新聞の社説には怒りを覚えた。
異なる意見を聞くことはやぶさかではない。
しかし、朝日新聞の語り口は陰湿であり卑怯であり、慇懃無礼でありながら、時に上から目線である。
以下、読みながら合いの手を入れてみた。

朝日新聞社説(2014/8/15)
戦後69年の言葉―祈りと誓いのその先へ

 8月最初の土曜日、東京・渋谷で行われたデモ。「戦争反対」のコールが炎天下に響く。
 この69年間、日本において戦争といえば、多くは1945年8月15日に敗戦を迎えた過去の大戦のことであり、そうでなければ、世界のどこかで起きている悲惨な出来事だった。
 だが7月1日、集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、戦争は過去のものでも、遠くのことでもなくなった

■戦争と日本の現在地

 国民的合意があったわけではない。合意を取り付けようと説得されたことも、意見を聞かれたこともない。ごく限られた人たちによる一方的な言葉の読み替えと言い換えと強弁により、戦争をしない国から、戦争ができる国への転換は果たされた

(「意見を聞かれたこともない」というが先の総選挙で自民党は集団的自衛権の行使容認をマニフェストに掲げて圧勝した。
それが民主主義の民意と言うものである。
「戦争できる国」は一部正しく一部間違い。日本はアメリカと共同して戦争出来るようになることで戦争を仕掛けられなくなった、抑止力を持ったとのである)


 安倍首相は8月6日の広島、9日の長崎という日本と人類にとって特別な日の、特別な場所でのあいさつを、昨年の「使い回し」で済ませた。そればかりか、集団的自衛権に納得していないと声をかけた被爆者を「見解の相違です」と突き放した。

(安倍首相の挨拶を「使い回し」とは無礼千万である。表現が変わらないということは、それでしか表現できない的確用語だということである。去年と今年と安易に表現を差し替えることの方が良いという考えは被爆者を愚弄している。
慰霊を込めた平和祈念式典で左翼が担ぐ被爆者7団体から集団的自衛権の撤回を求められて「見解の相違」と突っぱねたのは安倍首相の信念の強さを表している。限られた左翼団体よりも国民全体の安全を守ることが首相に求められているからである)


 見解の相違があるのなら、言葉による説得でそれを埋める努力をするのが、政治家としての作法である。ところが首相は、特定秘密保護法も集団的自衛権も、決着後に「説明して理解を得る努力をする」という説明を繰り返すだけ。主権者を侮り、それを隠そうともしない。

(慰安婦の捏造を取り消しても謝罪しない朝日新聞を侮っているかもしれないが、国民を侮ったりはしていない)

 男性23・9歳。女性37・5歳。敗戦の年の平均寿命(参考値)だ。多大な犠牲を払ってようやく手にしたもろもろがいま、ないがしろにされている。
 なぜ日本はこのような地点に漂着してしまったのだろうか。

 哲学者の鶴見俊輔さんが、敗戦の翌年に発表した論文「言葉のお守り的使用法について」に、手がかりがある。

 「政治家が意見を具体化して説明することなしに、お守り言葉をほどよくちりばめた演説や作文で人にうったえようとし、民衆が内容を冷静に検討することなしに、お守り言葉のつかいかたのたくみさに順応してゆく習慣がつづくかぎり、何年かの後にまた戦時とおなじようにうやむやな政治が復活する可能性がのこっている」

(鶴見俊介を引用することで朝日新聞のお里が知れる。丸山真男と共に日本を間違った道に導いてきた御仁である。

「10歳をいくつも出ない年齢で歓楽街に出入りし、女給やダンサーと肉体関係を持った他、自殺未遂を5回繰り返して精神病院に3回入院させられた」

「第二次世界大戦中には結核持ちであるにもかかわらず徴兵検査に合格したため、徴兵を避けるために海軍軍属に志願」

「鶴見が左翼系知識人にすりよりながら、いつも左翼にならないこと、また蓮實重彦は「動体視力」つまり映画や文学を語る時の視力が鶴見には決定的に欠けており、それゆえ、鶴見の文化評論がことごとく無内容なものになっていると批判」
(以上 ウィキペディア)


■お守り言葉と政権

 お守り言葉とは、社会の権力者が扇動的に用い、民衆が自分を守るために身につける言葉である。例えば戦中は「国体」「八紘一宇(はっこういちう)」「翼賛」であり、敗戦後は米国から輸入された「民主」「自由」「デモクラシー」に変わる。

(大東亜戦争を通して、「国体」「八紘一宇」「翼賛」という言葉を一番使って国民を煽ったのは他ならぬ朝日新聞であることをお忘れか。
それが今は「戦争反対」「世界平和と9条を守れ」「共生す社会」等々に置き換わっただけである。)


 それらを意味がよくわからないまま使う習慣が「お守り的使用法」だ。当初は単なる飾りに過ぎなかったはずの言葉が、頻繁に使われるうちに実力をつけ、最終的には、自分たちの利益に反することでも、「国体」と言われれば黙従する状況が生まれる。言葉のお守り的使用法はしらずしらず、人びとを不本意なところに連れ込む。

 首相が、「積極的平和主義」を唱え始めた時。意味がよくわからず、きな臭さを感じた人もいただろう。だが「平和主義」を正面から批判するのはためらわれ、そうこうしているうちに、首相は外遊先で触れ回り、「各国の理解を得た」と既成事実が積み上がる。果たして「積極的平和主義」は、「武器輸出三原則」を「防衛装備移転三原則」へと転換させる際の理屈となり、集団的自衛権行使容認の閣議決定文には3度出てくる。

(安倍首相の「積極的平和主義」を世界各国が絶賛し、反対しているのは中国と韓国、そして朝日新聞である)

 美しい国へ。戦後レジームからの脱却。アベノミクス――。

 さあ、主権者はこの「お守り言葉政権」と、どう組み合えばいいのだろうか。

■8・15を、新たに

 「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です」

 9日、長崎での平和祈念式典。被爆者代表として登壇した城臺美彌子(じょうだいみやこ)さんがアドリブで発した、腹の底からの怒りがこもった言葉が、粛々と進行していた式典の空気を震わせた。
 ぎょっとした人。ムッとした人。心の中で拍手した人。共感であれ反感であれ、他者の思考を揺さぶり、「使い回し」でやり過ごした首相を照らす。
 まさに言葉の力である。

(平和式典の場にふさわしくない、場違いの自己主張である。各国の来賓客も驚いた事だろう。このような暴言を「言葉の力」とは恐れ入る)

 デモ隊が通り抜けた渋谷でも、揺さぶられている人たちがいた。隊列をにらみつけ、「こんなことやる意味がわかんない。ちゃんと選挙行けよ」と吐き捨てる女性を、隣を歩く友人が苦笑いで受け止める。「戦争反対」とデモのコールをまねて笑い転げるカップル。日常に、ささやかな裂け目が生じた。

(何を言いたいのが分からない。「戦争反対」のデモ行進の滑稽さを道往く人が揶揄するのは当然である。 
「日常に裂け目」と突然「クオリテイ紙」とか言われる編集子が文学青年になる(笑)。


 お守り言葉に引きずられないためには、借り物ではなく、自分の頭で考えた言葉を声にし、響かせていくしかない。どんな社会に生きたいのか。何を幸せと思うのか。自分なりの平たい言葉で言えるはずだ。

(既成メディアの言葉は死んでいる。朝日新聞こそ「平和」「非核」「共生」などお守り言葉で人々を騙している。いま自分の言葉で語っているのはインターネットの言論空間である。死語を駆使する朝日新聞などの既成メディアにもう国民は騙されない) 

8月15日は本来、しめやかに戦没者を悼む日だった。しかし近年は愛国主義的な言葉があふれ出す日に変わってしまった。静寂でも喧噪(けんそう)でもない8月15日を、私たちの言葉で、新たに。(終わり)


 「愛国主義的な言葉」の何処が悪い。
中韓の反日的な言動のお蔭で、ようやく日本人にも国家意識が蘇って来たのである。

「しめやかに戦没者を悼む日」などと尤もらしい事を言っているが朝日新聞の真意ではない。
8月15日になると中国や韓国とともに日本を貶める記事やテレビ番組を垂れ流す朝日新聞とテレビ朝日こそ退場する日が近い。
その時には国民全員で祝杯を上げなければならない。

朝日新聞の葬式を出すのは日本国民である。
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*Comment

★偏りなく真ん中になっただけ。

戦争をあえてしないが、出来る状態にある。
日本ほどの先進国が、アメリカの同盟で今まで恰好がついたが、尖閣など島嶼防衛は、自国で守る力が必要だ。
支那の動きを見れば、法改正をしなければと思うのが人間の本能であり、本能に即した法解釈は、時代に即応して必要な事である。
いつまでも現状が続くと思うほうがおかしいのであり経済が行き詰れば、外に向かってくるのは、古来からの人間の習癖である。
日本も先の戦争の原因は、経済封鎖されたからであり活路を開くには、戦争しか行き場がないように追い詰められたことだ。
次回からはその罠にはまらぬようにせねばならぬ。
過去の失敗は遮断せねばならない。
日本の技術を高めるだけ高めて、万事に備えること。
katachi |  2014.08.15(Fri) 21:48 |  URL |  【コメント編集】

★No title

>今、進められている集団的自衛権の行使容
>認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です

憲法があって国家があるのではありません。国家があって憲法がある
のです。連合国製の憲法なんか日本からさっさと排除すべきだ。
おっさん |  2014.08.16(Sat) 12:56 |  URL |  【コメント編集】

★お守り言葉

>お守り言葉とは、社会の権力者が扇動的に用い、民衆が自分を守るために身につける言葉である。
 
 「お守り言葉」ねぇ、戦後の代表的なのが「報道の自由」かも?“社会の権力者(マスゴミ)が扇動的に用い、(時代の変化についていけないブサヨ)民衆が自分を守るために身につける言葉である。”…なるほど。

 最近ので言えば「ヘイトスピーチ」なんかがこれに当たるのかも?
α |  2014.08.17(Sun) 01:17 |  URL |  【コメント編集】

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