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2023.08.16 (Wed)


日本がアメリカに敗れた日


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戦争体験者の繰り言

8月15日の昨日は「終戦記念日」だった。
「戦勝記念日」ならともかく、日本はアメリカに敗れたのに、それを「記念」する神経が分からない。

この日は毎年、NHKに雇われた左翼のジジババが当時の悲惨さを語る反日反戦特別番組を放映していたものだ。

それに腹を立てて産経新聞系の「IZAブログ」とヤフーブログに「反日勢力を斬る」を立ち上げた。
どこにもぶっつけられない怒りを込めて書いた。
そのふたつとも今はないので残念ながらアーカイブに残っていない。
当時は阿比留瑠比氏がランキングの常時1位で当ブログが2位だった。
阿比留氏は今も保守論客の中心的存在だ。

昨日は「『戦後からの脱却』を」と書いている。

「故安倍元首相は戦後を終わらせた首相だ」という坂元一哉大阪大名誉教授の言葉を引用しているが、安倍氏亡き後、戦後は終わらなくなってしまった。

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この猛暑と病み上がりの身体では靖国神社を参拝出来なかったが、息子が写真を送って来てくれた。
凄い参列の長さと混雑を見て日本人はまだまだ見捨てたものではないと思った。

薄れて行く記憶の中でも、アメリカ軍のB29爆撃機の焼夷弾や原爆投下による我が国の非戦闘員の大量殺戮の記憶を忘れることは出来ない。

避難中に焼夷弾が落ちると体が油で濡れるのだ。
最初は雨だと思ったが、油臭くて焼夷弾の油だということに気が付いた。
油は一瞬で燃え尽きる筈なのに不思議だった。

暗闇の中で遠くの二階家に焼夷弾が落ちると、一瞬その家の柱などの骨格だけが赤く燃えて見えた。

逃げ惑う暗闇の中で負傷した少年が喉が渇いたと言っていたらしく、「亡くなる兆候だ」と親が言っていたが、間もなく亡くなった。

今にして思えば、末期の水というものか。

ブログ主の近所の親友は腰に焼夷弾を受け即死した。
おやつをよく呉れた近所の優しい叔母さんは翌日焼け落ちた防空壕の中から引き出され、死体は真っ黒に焦げていたが、曲げた膝から真っ白な骨が突き出ていたのを今でも覚えている。

一日経って回りを見ると、遠くまで焼け野原で、焼け残った大きなガソリンタンクが時々大きな炎を上げていた。

満員の汽車に窓から乗り込み、避難先に移動する時、安倍川陸橋の上を通ると、悪臭がして川岸に黒焦げの屍が山のように折り重なっていた。

うちの親も安倍川に逃げようと最初言っていたが田畑に避難して奇跡的に助かった。

噂ではアメリカ軍は周囲から爆撃を始め、真ん中に非戦闘員を追い込むと言われていた。
安倍川は闇夜に白く光っていたとも聞いた。

米軍のB29爆撃は昼間も上空に現れ、日本軍が砲弾を撃つが高すぎて当たらないと聞いていた。
しかし、ある日、低空飛行して来たB29爆撃機を日本空軍の戦闘機が体当たりするのを偶然目撃した。
日本の戦闘機は一瞬燃え尽きて落ちて行ったが、B29爆撃機はその長い羽根だけがヒラヒラさせながらゆっくりと落下して行った。

故石原慎太郎氏は下校中に米軍のグラマン戦闘機に襲われたと語っている。
その時、石原氏は操縦席の米兵の顔をはっきり見たいう。

疎開先の村人と共に天皇陛下の玉音を聞いた。
その後、村人達は日ソ不可侵条約を一方的に破って日本を襲撃したソ連兵の残酷さを噂していた。
非戦闘員の婦女子を暴行し、男子は殺戮したあと腕時計を奪うと言っていた。
当時のソ連人もウクライナに侵略した現在のロシア兵も変らない。

戦争体験者は次々とこの世を去って行く。
軽薄な平和主義を排し、日本の歴史と伝統を学んだ将来を担う聡明な若者にこの国を委ねたい。

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