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2018.08.15 (Wed)


今年も敗戦の日に思う


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DHC「虎ノ門ニュース」で藤井厳喜氏が語る8月15日のとらえかた

また8月15日がやってきた。
このブログを始めた2005年当時から既にNHKはこの敗戦の日を利用して日本国民に自虐思想を植え込もうとしていた。

ヤフブロの旧記事を見たらこんなものが出てきた。

⇒やまないNHK偏向番組(2005/8/15)

⇒靖国神社とA級戦犯(2005/4/24)

 当時の安倍首相の発言が心を打つ。
安倍首相が心置きなく靖国神社に参拝出来るのはいつの日か。

⇒NHKご用達プロ市民のひとたち(2006/6/12)

⇒NHK「日本のこれから」に参加しよう(2006/8/16)

⇒「日本のこれから第一部」(2006/8/18)

⇒NHK「日本のこれから」第2部(1)(2006/8/20)

⇒NHK「日本のこれから」(2007/8/18)

8月15日に思う(2007/8/15)
反戦マスコミに将来の展望なし


また8月15日がやってきた。
昨日もテレビは先の大戦の戦禍を賑々しく伝えていた。

NHKは中国に(?)駐屯していた特攻隊を見た80台の老人の昔話しを長々とやっていた。

その老人は一塊になった特攻隊の隊員が木の下で何度も歌っていたのを聞いたという。
その歌は、俺達は死にたくない、無理に行かされるという内容の怨み節だった。
その歌詞と節回しを覚えていて、何とか楽譜に残したいと努力してようやく完成し、その歌を広く世に知らしめたいという美しい話である。
その老人は、「お前が先に行くなら俺は後に続くと口では言ったが、本心は行きたく無かったのだろう」と述懐している。

この老人が歌詞とメロディを覚えてしまうほど、特攻隊がある場所に集まって反戦歌を合唱しているというのも、当時の状況からして眉唾ものだが、百歩譲って事実だとしても、その歌を今の時代に普及させて何の意味があるのか。
またそれをドキュメンタリーにまとめて放映して何の意味があるのか。

また、あるテレビ局は南洋に残されて生活している元日本兵たちの繰言をドキュメンタリーで綴る。
戦争で自分の人生は台無しになってしまったと嘆いていた。
どこぞの国の人たちのように、泣き喚きもせず淡々と語るさまは、それはそれで同情を引くものであった。
戦争のために人生を台無しにしてしまったことは間違いない。

ここでも思う。だから何なのさ。

戦争で亡くなった人、人生を台無しにされた人を二度と出さないためにどうすりゃいいのだ。

戦争の惨禍をいつまでも引きずって、だから平和がいいのだと言っても何の解決にもならない。

8月になるとマスコミは戦争のドキュメンタリー映画と戦争の語り部を引っ張り出して戦争の恐ろしさを語るが、だから憲法9条にすがって生きていけばいいのか、核武装して二度と戦争を招かないようするのかマスコミははっきりして欲しい。


あの頃から何も変わっていない。
しかし、ひとつだけある。
それはネット情報の普及だ。

今日、⇒DHC虎ノ門ニュースで藤井厳喜(国際問題アナリスト・評論家)の言葉が胸を打った。

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まずは共同通信のニュースを取り上げて・・・

共同通信(2018/8/15)
陛下参列へ 平成最後の戦没者追悼式
改憲意欲の首相も

終戦から73年となる15日、東京都千代田区の日本武道館で、政府主催の全国戦没者追悼式が開かれる。来年4月30日の退位を控える天皇陛下は最後の参列となる。安倍晋三首相や約5千人の戦没者遺族も列席し、先の大戦で犠牲となった約310万人を悼む。戦前、戦中世代の高齢化が進んでおり、戦争体験の継承や平和の在り方が問われる中での平成最後の追悼式となる。
安倍首相は2012年12月の第2次政権発足後、歴代首相が触れてきたアジア諸国への加害と反省に言及せず、近隣諸国の反発を招いており、式辞の内容に関心が集まっている

居島一平
「物凄い含みがありますね、最後の文言は」

藤井厳喜(国際問題アナリスト・評論家)
「まあ共同通信の伝え方ですから。
310万人の兵隊さんとその他民間人も含めてお亡くなりになった。だけど日本が何をやったかというと世界史の大転換をやった。戦争の後、有色人種の国がアジアのみならずアフリカまでどんどん独立した。
だから310万人亡くなったけど、例えばスターリンに殺された人はどのくらい居るんだと。毛沢東に殺された人どのくら居たんだと。これは歴史の転換とは何の関係もない。
だけど、我々310万人亡くなった方達は人類史の転換・前進に、人種平等の世界に前進するために犠牲になったんだと我々言っても差し支えないと思う。
だから『加害と反省』をする前にその事を考えたらよろしいと思う。
8月15日は日本人にとって色々ものを考えるいい日だ思う。
昭和20年8月15日はある意味で日本史の最低の日ではあるわけだ。日本が初めて外国と戦争して負けた。外国の進駐が決まった。占領された非常に悲しい日である。悲惨な日である。
しかし、同時に日本史の中で最も美しい日でもあると思う。
なぜかというと国民は一億総特攻で陛下を守る為に国民は死ぬ覚悟をしていた。
多くの人は8月15日の玉音放送があるということを聞いた時に、天皇陛下が『本土決戦だから頑張って呉れ」と激励の言葉かと思っていたようだ。
国民は陛下を守る為に死んでいいと決めていた。
陛下の方も後で分かることだが、国民を守る為に自分の一命は犠牲にしてもいいというご覚悟で居られた。
これはマッカーサーに会った時に分かった。
マッカーサーに初めて会った時に天皇陛下は『戦争責任の全ては私にある。国民を苦しめないで欲しい』と言って、マッカーサーは大変これに感動した。
負けた国の国王だから命乞いに来るものとばかり思っていた。
そうしたら『こんなに高貴な方がこの世にいるのか』とマッカーサーも感動した。
だから帰るときは臣下の礼を取って送ったと陛下は言われている。
天皇陛下は国民のために死ぬと言い、国民は陛下のために死ぬという。
これは日本史の中で、敗戦という最も悲しい日ではあったけれど、日本の『国体』という言葉を使っていいと思うが、天皇中心に国民が団結して行く。その形が最も輝きを放った日でもある
私はその両方で捉えなければいけないと思う。
国民は死ぬ覚悟だったけど、天皇は駄目だ、生きなきゃいけない、そして敗戦日本を再建しろと言われて、ある意味で肩透かしを食ったみたいこともあるみたいだ。当時生きていた方によると。
そうじゃなくて、それから大変な使命を負ってやらなければいけないという新しい任務を陛下から授かった日でもあるし、何よりも国体、日本の国の形の美しさというものが一番悲惨のどん底の時に、最も壮麗に光り輝いた素晴らしい日でもあったと。私はそう思っている」


1952年8月生まれ66歳がなんと立派な視点を持っているのかと感嘆する。
ただし、玉音放送の予告にいよいよ戦いも終わりかと予感した大人たちが居たことも付け加えておく。

井上和彦
「ほんとに、まったく藤井さんのおっしゃる通りだと思う。
当時の陛下のお気持ち、国民の気持ち、二重橋前にひれ伏して負けたことを悔しみ、国体の護持を願ったというのは、当時の国民はみんなそうだったと思う。
それから戦後73年経ってどんどんどんどんその心情が、勝手に当時の事を知らない人がその気持ちを変化させてしまった。
みんなが実はこれで良かったんだと思ったとかいう話になってしまう。
これは絶対に違うと思う。
この記事の中の『アジア諸国への加害と反省に言及せず』ということを言うよりも、亡くなられたご英霊に対して感謝の誠を捧げるということがなぜないのか。
もちろん今日の総理の話を聞いてみての上での話だが、国民はまず亡くなられた方々に感謝の誠と追悼をするという日であるから、アジア諸国への加害と反省はこういった所で話すべきではないと思う」


井上氏が発言してる間、藤井氏が目を拭っていたのが印象的だった。
この後、井上氏の戦艦大和の副砲長(104歳)のインタビーも紹介された。

共同通信は予想どおり、安倍首相が近隣諸国に謝罪しなかったと報じた。

共同通信(2018/8/15 17時)
安倍晋三首相は式辞で「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」としながらアジア諸国への加害責任に触れなかった


今日はその後、日本の反日メディアは終戦の日をどう伝えただろうか。

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