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2016.08.19 (Fri)


シールズ葬送曲を聴きながら思うこと


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蓮舫が民進党の党首になったら・・・

シールズが解散して、その評価はどうだったか一昨日のエントリーでご紹介した。

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⇒「反日メディアが持ち上げたシールズが解散」(2016/8/17)

 朝日・毎日などのサヨク新聞とテレビが鉦や太鼓で持ち上げたシールズが解散してヤレヤレと思っていたら、朝日新聞の公式ツイッターにシールズ批判が殺到して、それをまた朝日新聞マニアが怒ったために炎上してRTを停止したという。

J-CASTニユース(2016/8/19)
朝日新聞の公式ツイッターが「大炎上」 SEALDs批判を取り上げすぎて、非難殺到


18歳、19歳の声を聞きながら政治や選挙を考えるという趣旨の朝日新聞の企画「Voice1819」の公式ツイッターアカウントが「炎上」した。
きっかけは、2016年8月15日に解散を発表した学生団体「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)について寄せられた批判意見を相次いでリツイート(拡散)したり、紹介したりしたこと。
肯定的な意見も合わせて紹介していた一方、批判意見の中に「日本人の思想ではない」といった表現が含まれていたため

「ただの嫌がらせ」
「無責任な誹謗中傷を拡散する愚行」

と非難が集まった。
こうした声を受け、アカウントは18日に「『若者たちとの対話』をきっかけに始めたアカウントでもあり、同世代の活動として賛否の声を偏りなく、広く紹介してきたつもりです。しかし、それが逆に批判につながってしまいました。今の状態では建設的な議論を提供する『場』を維持するには難しく一度、意見のRTを停止し、方法を見直します。これまでご意見を投じていただいたみなさま 関心を寄せていただいたみなさまありがとうございました」と謝罪。これ以降、19日14時現在までに、新しいツイートは投稿されていない。


(引用終わり)

朝日新聞の意図したシールズ賞賛企画に思い掛けず多数の批判が殺到して停止したのではないか。
シールズをどう評価するか徹底的に論戦を戦わせればいいのだ。
もっともこれ以上シールズを論評することは時間のムダではあるが。 

もっとも今日になってもまだ中国新聞という左巻きの地方紙がシールズを褒め称えている。
中国新聞というと中国の新聞のように聞こえるがレッキとした日本の中国地方の新聞だ。

 余談になるが、中国は日本の中国地方と間違えるから、戦前のように支那と呼ぶべきである。
いうまでもなく、英語のチャイナは支那から来ているし、フランス語でもシノワだ。
中華人民共和国を省略して中国と呼ぶらしいが、もういい加減に使うのを止めた方がいい。
そういえば、その昔、NHKのアナは北朝鮮を「朝鮮民主主義人民共和国」と敬意を表して読んでいた。
馬鹿げた話だ。

閑話休題

 そのシナ新聞、いや中国新聞は今日の社説でまだシールズの解散を惜しんでいる。
政治に無関心な若者の関心を集め「一定に行動を促したことは大きな成果といえる」そうだ。
若者の大部分はシールズの行動を冷淡な目で蔑み、自民党に投票したことは世論調査で明らかになった。
若者の閉塞感が安保法制で噴出したそうな。
閉塞感といえば、民主党政権時代にテレビや新聞で自称有識者達が、「決められない政治に閉塞感」とよく言っていた。

⇒中国新聞(2016/8/19)
「シールズ解散 若者の問いどう生かす」


 安全保障関連法や憲法改正に反対する学生たちで昨年5月に結成され、活動を続けてきた若者グループ「SEALDs(シールズ)」が今月15日で解散した。国会前での斬新なスタイルによるアピール活動などが耳目を集めてきた。
 解散翌日の記者会見で、メンバーの一人はこう語っていた。政治参加が当たり前の文化をつくりたかった、と。今こそ政治に関心を持って声を上げる真の主権者になるべきだという意味だろう。無名の若者たちが投じた一石はやはり重い
 一つの社会現象となったのは柔軟な感性を生かした行動のスタイルゆえではないか。
 国会前では打楽器のリズムに乗せて、「民主主義って何だ」「勝手に決めるな」と声をからした。さらに会員制交流サイト(SNS)の情報発信で緩やかに連帯する手法も斬新だった。昔ながらのデモ行進などとは違う参加しやすさから幅広い世代が連なり、その輪には中高年や幼子を連れた女性らの姿が見られたのも印象的だった。
 若い世代の選挙離れが指摘されて久しい。学生運動が活発だった昔と比べものにならないほど政治に無頓着だ。そんな層の関心を集め、一定に行動を促したことは大きな成果といえるだろう。国会前の動きに呼応し、東北や関西、沖縄などでも同じようなグループが生まれた。
 ある意味では若者たちが閉塞(へいそく)した現在の政治状況に潜在的な危機感を募らせていて、安保法制の議論をきっかけに噴き出したのかもしれない。
 数を頼みに日本の行く末を左右する重要政策を強引に前に進める巨大与党と、乱立して歯止めをかけられない野党—。政党政治の機能不全を見かねて、ここぞと決めたテーマに絞って直接、行動に移したとも総括できよう。香港、台湾など民主化が問われるアジアや欧米における若い世代のムーブメントの流れも思わせる。
 折しも18歳選挙権の導入とも活動が重なった。その中でシールズは政治参画への意識を問い掛け、1票の権利を持った高校生にも響いたのではないか。現に東京では街頭の行動に制服姿で加わる姿も報じられた。主権者教育の在り方を幅広く問うたともいえる。
 むろん「限界」があったのは確かであり、安保法制でも政府与党の方針を変えさせることはできなかった。先月の参院選では1人区の野党統一候補の動きをつなぐ役割こそ果たしたが、結果は自公の圧勝だった。野党のふがいなさ、力不足が際だったものの、だからといって若者たちの発信が無意味だったとは思わない。その行動力に学ぶべきものが少なくないはずだ
 「若者が政治的にイエス、ノーを言うことがこんなにも大変なのかと感じた」という解散の弁も聞かれた。考えを異にする側からの強い批判のほか、露骨な妨害もあったようだ。わが国の政治土壌の貧しさを思う。
 未来を担う世代を巻き込んでこその政治である。憲法改正の是非をはじめ、国民的議論が欠かせない問題がこれから山積している。賛否どちらであっても一人一人が自分の考えを持ち、その民意を政治の側ができる限りくみ取ることが求められる。若者たちの1年余りの問いかけを政治の現場に生かしたい。


(引用終わり)

お口直しに、同じ若者がシールズ葬送曲を見事に書いたこれぞ正論とも言うべき論評をご紹介する。

いい大人達がシールズを利用しようとして「志位ルズ」と揶揄されたり、高名な憲法学者のナンタラが国家前でシールズのラップに合わせて絶叫したが、参院選で徒党を組んで立候補して惨敗した。
少数のシールズの若者たちを取り囲んだのは全共闘のなれの果ての老人達の同窓会だった。

⇒アゴラ言論プラットフォーム(同上)
SEALDsが教えてくれたこと --- 渡部真平ゲストブロガー


 アメリカ海軍の特殊部隊を思わせるそのネーミング、洗練れた「カッコいい」ロゴマーク、洗練されたデザインのホームページやSNSによる発信……

『政治に無関心な若者がこうして立ち上がるほど、危険な法案が成立しようとしている』そのことを喧伝するには、SEALDsという動きは格好のものであった。

「ア・ベ・は・や・め・ろ!」「戦争法案絶対反対!」太鼓のリズムに合わせて(ラップというのでしょうか)叫ばれる彼らの主張は、日々の授業、試験、レポート、アルバイト等々に追われるわたしたち若者を動かしたのだろうか。

「政治に無関心である」と糾弾され、SEALDsから啓発していただいた立場である、目の前の日々の授業、試験、レポート、アルバイト等々に追われる大多数の若者は、政治が「分からない」と感じているようだ。しかし、「分からない」政治であっても、次のようなことは分かっているのではないだろうか。

賛否の分かれる政治問題が、ラップでは解決しない

格式ある立派な国会議事堂は、何のためにあるのか。

少なくとも、その「ハコ」に向かって、自らの主張を短絡的なことばでまとめたラップを浴びせるためにあるのではない。その「ハコ」の中で、国民から選挙によって選ばれた代理人たちが、(本来は)政治生命を懸けた「ことば」と「ことば」を戦わせる。これが論戦であり、「言論の府」のあり方であり、「国権の最高機関」たる所以である。

しかし、その「ハコ」の中では、自分のことばではなく、「憲法学者」の威を借る論陣を組み、挙句の果てには、国会中継のためのカメラに向かって「アベ政治を許さない」などのプラカードを掲げてはばからないコッカイギインたちの姿がある。

また、口にするのも恥ずかしくなるような、「セクハラ作戦」なるものも決行された。

「ハコ」の外と内、それぞれの愚かな動きが呼応して、その意味では、たしかに、国会は死んだ。アベ政権の“強行採決”によって死んだのではない。

政治を動かすのは「デモ」ではなく「選挙」である

紛れもなく、政治を動かす唯一の手段は、「選挙」である。「デモ」ではない。

(支持率が高ければ何をしてもいいというわけではない、ということを大前提として)発足以降、高い支持率を維持してきた安倍政権に対して、「アベ政治を許さない」「ア・ベ・は・や・め・ろ!」などの罵詈雑言を浴びせることが、共感を呼ぶはずがない。

そもそも、安倍政権が発足するまでの過程を振り返ってみると、悪夢のような民主党(当時)政権への不満は限界、そして、自民党が政権を奪還する総選挙の「前に」、安倍総理は自民党総裁に選出されている。「政治に無関心」な国民は、無残な辞任劇を経て再び自民党の総裁となった安倍晋三という政治家が、いずれ内閣総理大臣に指名されることを分かっていて、民主党政権に終止符を打ったのである。

これが「選挙」の結果であり、無論、「アベ政治を許さない」は響かない。響かないどころか、安倍総理の再登板を、選挙によって「許した」国民と、その選挙への冒とくともとれるのである。

このようなことを述べれば、「ヒトラーも選挙によって選ばれた」という文句とともに、「アベ=ヒトラー論」が出てくるが、時代背景、憲法、国柄、民族、民意などが大きく異なっている上に、ヒトラーという存在に、ほんとうに尊厳と生命を脅かされたすべての人々に失礼であるので、与しない。

もし、安倍政権が「暴走」を始めたならば、わたしたちは、信頼できる野党、対案の出せる野党に、「国権の最高機関」たる国会における、生命を懸けた論戦において、それを諫め、あるときには、「選挙」によって政権そのものを奪いとることを期待するのみなのである。

安全保障法案への反対を旗印に、SEALDsが世の中に問うたこと、「市民が政治に関わっていこう」という啓発は、空振りに終わった。

政治に無関心でいるようでいて、いざとなれば、選挙によってバランスをとる、選挙をたいせつにする国民が、SEALDsが起こした「うねり」など及ばぬほど、全国津々浦々、どっしりと構えているのである。

毎日の生活、生きることそのもの、朝起きて、学校や会社へ行き、人間関係に苦悩し、悩みの中で眠る、そしてまた同じような日々が始まる……そのような日々をもがき生きる(struggle)わたしたち国民だからこそ、政治がそれほど「スタイリッシュ」なものではないことを、語らずとも知っている。

そのようなことを、SEALDsが教えてくれた。
(渡部 真平 愛媛大学教育学部3回生)


(引用終わり)

 シールズの国会前の馬鹿騒ぎや、「国民」ではなく「市民」「市民」と口癖のように言い、共産党と民進党の間を取り持ったと自負しているが、実は悪がしこい大人の左翼政治家に利用されただけというお粗末な結果を招いたのである。

民進党は共産党とキッパリ縁を切り、蓮舫の立候補に対抗する保守に近い中道左派が主流になるべきだ。
さもなければ彼らがヘイトする安倍政権は今後も国民の支持を受けて超長期政権となるだろう。

「もし、蓮舫が首相になったら、世界中で(ヌード)写真が拡散されて、日本のイメージに影響すること間違いない」

⇒「蓮舫が民進党の党首になれば、首相候補として民進党が担ぎ上げて戦う候補としてふさわしいものであるか、立ち止まって考えた方がよい」(八幡和郎)

と心配する向きもある。

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