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2015.05.22 (Fri)


志位共産党委員長「ポツダム宣言」の愚問


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どこの国の政治家か

 20日の党首討論で共産党の志位委員長が安倍首相にポツダム宣言を受け入れるのか否かと迫ったら、安倍首相が返答に窮したと機関紙赤旗は欣喜雀躍して書き、朝日新聞も鬼の首でも取ったように喜び勇んで書いている。

⇒朝日新聞(2015/5/22)
【天声人語】


 この人は手だれだ。慶応大教授の松井孝治(こうじ)さんは官僚時代、首相官邸に勤務していてそう感じたという。共産党の志位和夫委員長の国会での質問ぶりである。自身は保守、志位氏は革新と立場は異なるが、その力量はわかった

▼今回も手だれぶりを見せたというべきか。一昨日の党首討論について、松井さんがフェイスブックに書いている。安倍首相は〈まさに志位氏の術数にはまり恰(あたか)も王手飛車取りに遭った如(ごと)き感がある〉と

▼論題は首相の戦争観だった。志位氏は1945年に日本が受諾したポツダム宣言に触れ、先の戦争は間違っていたと認めるかとただした。首相は答弁した。「まだその部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい」

▼志位氏は宣言の個別の項目に言及した。細かい文言の記憶が首相になくても不思議はない。「手元に用意がない」などとかわす手もあったろう。しかし、「読んでいない」はいかにも具合が悪い。米英や中国の人々が聞いたら、どう思うだろうか

ポツダム宣言は戦後の世界秩序の起点の一つだ。
首相はそれも読まずに、「戦後体制(レジーム)からの脱却」を唱えてきたのかという批判が出たのは当然である。基本的な歴史の知識すら欠くのでは、と疑われても仕方がない

▼本当に読んでいないのか、とっさに言葉を選び損ねただけなのか。参院議員や官房副長官も務めた松井さんは著書に書いている。「政治家は、言葉で生き、言葉で滅びる」。まして首相の言葉は重い。


(引用終わり)

戦勝国の一方的なポツダム宣言を「世界秩序の起点のひとつ」とは恐れ入る。

朝日デジタルの最初の見出しは・・・

朝日デジタル(同上 05時00分)
ポツダム宣言「本当に読んでいないようだ」 志位氏、首相の「誤認」指摘


だったが、3時間半後の見出しから「首相の『誤認』指摘」が消え、「志位氏が皮肉」に差し替えられた。
「首相の誤認」は「朝日の誤認」だったのか。

⇒朝日デジタル(同上 08時36分)
ポツダム宣言「本当に読んでないようだ」 志位氏が皮肉


「事実誤認がある。本当に読んでいなかったことがうかがえる」。共産党の志位和夫委員長は21日の記者会見で、安倍晋三首相が20日の党首討論の際、第2次世界大戦で米・英・中の三国が日本に降伏を勧告したポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」と答弁したことについて、こんな皮肉を飛ばした。

 志位氏は、自民党幹事長代理だった首相が月刊誌「Voice」2005年7月号の対談で、「ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだ」と語っていたと指摘。だが、宣言は1945年7月26日に米英中の名で発表され、同8月6日と9日の原爆投下後、日本が同14日に受諾を決定した。志位氏は「(宣言は)二つ原爆が落ちた後に『たたきつけられた』ものではない。事実誤認がある」と述べた。

 20日の党首討論では、志位氏がポツダム宣言について「日本の戦争について世界征服のための戦争であったと明瞭に判定している。総理はこのポツダム宣言の認識を認めないのか」と質問。首相は直接答えず、「その部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい。先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがある」と述べていた。


(引用終わり)

朝日新聞は志位氏の「ポツダム宣言は日本の戦争について世界征服のための戦争であったと明瞭に判定している」と発言したことに痛く感動している。

しかしあの戦争は本当に「世界征服のため」だったのか?
戦争を知らない志位氏の間違った歴史観が大手を振って歩き、朝日新聞がそれを得々と報じているのは断じて許せない。
彼等こそ誤れる歴史修正主義者である。

今日の産経新聞では、阿比留瑠比記者が至極真っ当な記事を書いているので、ご参考までに全文コピペして諸兄のご判断を仰ぎたい。

⇒産経新聞(同上)
【阿比留瑠比の極言御免】
「世界征服のための戦争だった」 荒唐無稽な「共同謀議」史観


 20日の党首討論を聞いて耳を疑った。共産党の志位和夫委員長が、日本に降伏を求めた1945年7月のポツダム宣言を引用し、安倍晋三首相にこう迫った場面でのことだ。

 「(宣言は)日本の戦争について、世界征服のための戦争だったと明瞭に判定している。宣言の認識を認めるのか認めないのか」

 確かにポツダム宣言第6項には、志位氏の指摘のように「日本国民を欺瞞(ぎまん)しこれをして世界征服の挙にいづるの過誤を犯さしめたる者の権力および勢力は永久に除去せられざるべからず」とある。とはいえ、志位氏はこの認識が絶対だと本当に思っているのか。

 志位氏は討論後、記者団にまるでポツダム宣言が民主主義の聖典であるかのようにこう称揚もした。

 「日本の戦後民主主義の原点中の原点がポツダム宣言だ」「ポツダム宣言は戦争認識の原点で、誰も否定できない」


 だが、戦前の日本は果たして「世界征服」など目指していたのだろうか。対英米戦は両国などの対日禁輸政策に追い詰められた日本が、窮余の策として選んだ道ではないか。

政府高官は討論終了後、周囲にこう苦笑していた。

 「どこの国の政治家ですか、という質問だった。日本が世界征服をたくらんだなんて、どれだけリアリティー(現実味)のない話なんだ。テレビを見ていた国民もそう思っただろう」

(Ponko注: しかし戦争体験者も少なくなった今、当時の歴史的事実を語り継ぐ人達も少なくなってきている。若者に正しい歴史を教える教育も日教組によって阻害されている。テレビを見た国民がそう思ったかどうか不安である)

 ポツダム宣言は、戦いを有利に進めていた日本の戦争相手国が出したものであり、日本を「悪者」として位置付けるのは当然だといえる。また、昭和2年に田中義一首相(当時)が天皇に上奏したものとされ、日本の世界征服計画を記した「田中上奏文」が米英などの対日認識に大きく影響していた可能性もある。

 田中上奏文については、東京裁判でも取り上げられたが、日本側弁護団によって中国側が作った偽書であることが立証されている。

 東京裁判は、先の大戦は日本の軍国主義者たちの「共同謀議」に基づく侵略計画に沿って実行されたという見方を前提にして始まった。検察側は、それを裏付ける証拠として田中上奏文を持ち出したが、裁判途中で偽書と気づいて追及をやめたのである。

志位氏が引用したポツダム宣言第6項は、この東京裁判でもインド代表のパール判事らから数々の反論がなされた荒唐無稽な「共同謀議」史観に貫かれている。
どうして今さら、そんな珍妙な認識を日本が認めないといけないのか。
 ここで思い出すのは、これまで国会で繰り返されてきた「日本は東京裁判を受諾したのだから、その歴史判断も受け入れなければならない」という議論だ。

 国を個人に置き換えて考えてみたい。裁判を経てある判決を言い渡された場合、法治国家の一員である以上、当然、その刑に服さなければならない。

 だが同時に、外形的に刑を受け入れても、内心で裁判官の判断を不服に思うのも、自身は実は無罪だと考えるのもその人の自由であるはずだ。憲法19条「思想および良心の自由」を持ち出すまでもない。

 東京裁判を受け入れたからといって、その思想や歴史観、政治的背景、各国の都合や思惑を全部ひっくるめて引き受けることなどできようはずもない。

 それが可能だと考える人は、他者の内心に容易に手を突っ込み改変できると信じる危険な傾向を持つ人物だということにはならないか。(政治部編集委員)


(引用終わり)

「戦後レジームからの脱却」を提唱する安倍首相は憲法改正を始め日本の真の独立と復権を目指している。
しかし、その実現のためには現在も主流である戦勝国史観とそれに与する国内の反日勢力のために、いま、あえて匍匐前進している。
「ポツダム宣言をつまびらかに読んでいない」と答弁したあたりは「韓信の股くぐり」を思い起こした。

政府高官の漏らした「(志位共産党委員長は)どこの国の政治家か」という言葉は「朝日新聞はどこの国の新聞か」ということにつながる。

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