FC2ブログ

2014.07.21 (Mon)


日韓議連の女性議員が訪韓の愚

1
↓↓↓クリックをお願いします


FC2バナー2

野田聖子議員を先頭に

 日韓議連に所属する女性議員が野田聖子総務会長を先頭に訪韓のため今日、日本を出発した。
なんという愚かな面々であろう。

日韓議連の自民党女性議員を調べると・・・

野田聖子(幹事)、小池百合子、小渕優子、松島みどり、上川陽子、西川京子、土屋品子、片山さつき(衆議院)、
山谷えりこ、山東昭子(参議院)


の面々である。
このなかに保守派とみられる西川京子や山谷えりこ議員がいるのは頷けない。
もっとも安倍首相も副幹事長の一人に祭上げられているから詮無きことか。

 ニュースのVTRでは野田聖子のうしろに民主党の辻元清美が歩いていた。
反日親韓の議員たちが税金を使って韓国に遊びに行くようなものだ。
なんの成果も期待できないどころか、いま訪韓することは日本にとってマイナスでしかない。

テレビ朝日「ワイドスクランブル」(2014/7/21)
日韓議連の女性議員
関係改善をめざし韓国へ

訪韓する女性議員

 自民党の野田聖子総務会長ら女性議員6人が、韓国へ向けて出発しました。
 日韓議員連盟、自民党・野田総務会長:「私たちは女性、次世代を考える一人として、未来志向の共通課題とか、ともに何か手を携えてできることがないか、そういう前向きな議論ができるといいなと」
 慰安婦問題などで日韓関係が冷え込むなか、超党派の国会議員でつくる日韓議員連盟の女性議員らは、韓国の女性国会議員と意見交換を行うほか、保育所などを視察する予定です。また、10月18日にソウルで日韓双方の議員連盟が合同総会を開くことも決まっています。一方、政府は日韓局長級協議を23日に開催する予定で、議員連盟としては関係改善に向けた政府の取り組みを後押ししたい考えです。

1
↓↓↓クリックをお願いします


FC2バナー2

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

23:25  |  -韓国  |  TB(0)  |  CM(8)  |  EDIT  |  Top↑

2014.07.21 (Mon)


「誰が国を守るのか」佐伯啓思教授の正論

1
↓↓↓クリックをお願いします


FC2バナー2

 集団的自衛権をめぐるマスコミと言論人の過剰反応とそれに騙された国民の愚かさを見た気がする。

安倍首相は国民への十分な説明もないままに集団的自衛権を閣議決定したとマスコミは触れ回り、そのために安倍内閣の支持率は急落し第二次安倍内閣で最低、FNNの世論調査によれば支持率(46.6%)と不支持率(46.6%)と同じになったと言う。
世論調査など質問の設定次第でいくらでも数字は変わると言われているが、それにしても信じられない結果である。

 なぜなら、安倍首相は国民の安全のために集団的自衛権の行使容認を可能にする一方で、外交面では積極的平和主義を掲げて世界各国の首脳と会談して大いに称賛されるという内政と外交の両面で成果をあげているのに、それが見えない日本国民の眼は節穴なのか。

 自民党員のセクハラ野次、石原環境相の「金目失言」と「英霊が眠るパラオでシュノーケリング」(週刊文春)などのマスコミのネガティブキャンペーンが効いて、滋賀県知事選でも原発反対の嘉田前知事が推す候補者に自民党が応援した候補者が敗れた。

 安倍首相は国民に理解してもらおうと集団的自衛権の適用例を上げて説明したが、そうすればするほど迷路にはまり込んでしまった感が無きしも有らずである。
枝葉末節ではなくもっと本質論をという思いが募った。

 反日メディアは「戦争に巻き込まれる」「戦後初めて人を殺すことになる」「徴兵制になる」と感情的な表現で国民の不安を煽り、論点をずらせた。
情報弱者やB層がそれに騙された。

そうしたなか、「自由と民主主義をもうやめる」(幻冬舎新書)を読んで衝撃を受けて以来、Ponkoが敬愛する佐伯啓思京都大学教授が今朝の産経新聞でまたもや目の覚めるようなエッセイを書かれていたのでご紹介する。

調べてみると、当ブログでも再三佐伯先生の正論を紹介していた。

愚衆政治の果て(2009/09/13)

「民意を問う愚」の正論ふたつ(2009/3/31)

ぶしつけながら抜粋・要約すれば・・・

「戦後日本は平和主義と民主主義を両輪にしてきたが、どうも胡散臭い。
平和主義の根拠は憲法9条だが、米軍を駐留させて戦争を抑止させているのは欺瞞である。
民主主義イコール平和主義ではない。
民主主義の原則は国民皆兵であり、統治者が国のために死ねといえば国民は進んで死ななければならない。
(集団的自衛権に反対する左翼がこんな事を聞けば発狂してしまうかもしれない)
集団的自衛権をめぐる論争は「誰が国を守るのか」という原則を確認しなければならない」


産経新聞(2014/7/21)
誰が国を守るのか 佐伯啓思京都大学教授

佐伯啓思佐伯啓思

 戦後日本は、民主主義と平和主義を高く掲げ、この2つの主義を両輪にしてきた。その結果、多くの者にとっては、民主主義イコール平和主義とみなされた。民主主義者は平和主義者でなければならなかった。両者とも「主義」であるからには思想的な立場の表明であり、その反対の立場もありうるだろう。しかし、わざわざ反民主主義を宣言する者などめったにいないし、戦争主義などを訴える者もいないので、誰もが、積極的か消極的かは別として、民主主義者であり平和主義者である。

 にもかかわらず、戦後日本の民主主義と平和主義の組み合わせが、どうもうさん臭いのは、この平和主義がもっぱら憲法9条の武力放棄を意味しているからにほかならない。平和愛好、構築なら誰も批判もしないだろうが、問題はその方法なのである。憲法9条といういささか特異な形態における平和主義という「方法」が問題なのである。

 もっとも、いわゆる護憲派の平和主義者からすれば、憲法9条に示された平和主義こそが理想的理念だということになる。とすれば、その途端にまたうさん臭さが露呈してくる。それは、日米安保体制の存在である。平和主義を掲げながら米軍を駐留させ、他国との交戦になれば、米軍を頼みにするというこの欺瞞(ぎまん)である。交戦とまではいかなくとも、少なくとも、戦争の抑止を米軍に依存していることは間違いない。

憲法を前提とすれば、こういう形にならざるをえない。しかしそれを平和主義といって、何やら就職活動の履歴書のように、いかにも温厚、誠実、穏健を演出しても、その背後にあるものを想起すれば、欺瞞的というほかない。

 実は、民主主義はイコール平和主義ではないのである。たとえば、戦後日本で民主主義の手本とみなされたジャンジャック・ルソーは、決してそんなことはいっていない。それどころか、統治者が国のために死ねといえば、市民は進んで死ななければならない、と明瞭に書いている。言い方は少々どぎついが、端的にいえばそういうことになるのであって、それが西欧政治思想の根本なのである。

 どうしてかというと、近代国家は主権によって動かされる。そして、主権者の役割は何よりまず国民の生命財産を守ることとされる。とすれば、もし主権者が君主なら、君主は彼の国民の生命財産を守らなければならない。そして主権者が国民ならば国民が自らの手によって彼ら自身の生命財産を守らなければならない。これが道理というものであろう。とすれば、民主主義では国民皆兵が原則なのである。もちろん、具体的にはさまざまな形がありうる。しかし「理念」としてはそうなる。

 こうしたいささか面倒なことを書いてきたのは集団的自衛権にかかわる論議において、この種の原則論がまったく確認されていないことに危惧をおぼえるからである。技術的・法的な手続き論も必要だが、本当に重要なのは「誰が国を守るのか」という原則論にこそあるのではなかろうか。(さえき けいし)

1
↓↓↓クリックをお願いします


FC2バナー2

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

21:57  |  集団的自衛権  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |