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2008.12.26 (Fri)


「もらう」から「与える」へ

国家との関わり方を考える

昨日の記事で、曽野綾子さんの「弱者が強者を駆逐する」の小文をご紹介したが、一部省略した部分があった。
それは、「弱者救済は道徳というより自然の力関係」であり、私たちを育て保護してくれた親が年毎に弱っていく時、そのお返しとして親たちに同じことをすればいい。身寄りのない隣近所の年寄りの寂しさを紛らわす事も楽しいものだ」と弱者を助ける喜びに触れているところである。

この導入部に続いて、「ところがいつの間にか弱者と強者の性格や概念が少し変わってきた」と本論に入っていく。
曽野さんはクリスチャンだからとりわけ他者への奉仕の気持ちは強いと思う。

その曽野綾子さんが今朝の産経新聞一面連載コラム「ちいさな親切大きなお世話」で「『もらう』から『与える』へ」と題してとても印象に残る小文を書いていたのでご紹介したい。

タクシーの運転手から聞いたの身の上から始まって、運転手と小学校に上がる前の少女の二人きりの生活で、少女が健気に食事を作り、皿洗いまですると聞いたがそれほど驚かなかったという。
なぜなら、日本の地方都市で重度の障害を持つ夫婦の赤ちゃんがオムツをしながらトイレに立てない父親に尿瓶を当て、トイレに捨てに行くという話を知っているからというのである。この赤ちゃんは自分のオムツが汚れると歩けないお母さんのところに行って「ころんところがっておむつを換えてもらう。そして汚れたおむつを自分で捨てに行く」

重度の障害を持つ夫婦が子供を作る事を疑問に思う人も居るかもしれないが、その是非は別として、驚くような話である。
海外によく出かける曽野さんはペルーでも「母親が結核で息を引き取るまで傍らで面倒を見ていた5歳と2歳くらいの姉弟に会ったことがある」という。

運転手の健気な子供も大きくなってから決してぐれたりしないだろうと曽野さんは思う。他人に与えるという自信ががあれば自暴自棄にならないからだという。

反日マスコミは「貰いたい」国民の不満ばかりクローズアップした番組を制作して、これでもかこれでもかと連日のように報道してますます国民の不満を煽るような事をしている。
民主党を始めとする野党も国民に「貰え」「貰え」とけしかけている。

今の日本は、不満だらけだ。その理由は、国家から、会社から、親から、もらうことばかり当てにしているのに、彼らはそれほど豊かには与えてやれないからだ。親や国家や社会が無能なのではない。誰も自分を助けてくれる人は本質的にいないのだすべて自分で何とかしなければならない、と思うと、「赤ちゃん」まで親のために働ける。
日本人の精神の方向性を、もらう期待から与える姿勢に百八十度転換すれば、この閉塞的な空気の重苦しさを解決する場面は多い。
 この食うや食わずの状況で人を助けられますか、と言う人はあるだろうけれど、それは聞違いだ。
いささかでも与える生活はどんな貧しい境遇でもできる。与える行為は国家社会に利用されることだ、という思想を払拭できれば、思いがけない道も開くのである。」

これぞまさしく正論である。
「与える行為は国家社会に利用されることだという思想」はどこのだれが持っているのだろうか。
それは朝日新聞を始めとする左翼反日勢力であると決め付けたら我田引水になるだろうか。

戦後、日本の家族制度を破壊しようとしたのはGHQでありその尖兵となった左翼である。
いまでも、フェミニズム、夫婦別姓、婚外子の権利拡大、戸籍法改正とその活動は一向に衰えていない。
日本人の伝統的な美徳を破壊し、日本を崩壊に導こうとしているのは間違いなくこのような反日勢力である。


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