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2008.08.28 (Thu)


アフガンでの伊藤さんの死に思う

アフガニスタンで有為ある青年がテロリストによって殺害された。
ご冥福をお祈りしたい。
マスメディアは連日報道しており、今夜のNHKニュースが大きく取り上げていた。

この青年をアフガンに派遣したぺシャワールの中村哲現地代表が、現地人に挨拶しているところを見た。
中村医師は、つたない英語で「今までアフガンでは多数の犠牲者が出ていた。今回初めて自分の会から犠牲者が出た。しかし、アフガンの人達を恨んではいない」という趣旨の挨拶をしていた。

「アフガンの人達を恨んでいない」と敢えて踏み込んだ発言に大きな違和感を覚えた。
私が親ならアフガンの人を恨む。恨まないと敢えて言った中村医師を恨む。

犠牲者の母は生死が定かでなかった頃、「返して」と泣き崩れていた。
大義のためとはいえ、子供が親よりも早く死ぬ事が、どれほどの親不孝であるか、この犠牲者は自ら親にならずして、親の心も知らずこの世を去った。

彼は当然「自己責任」を承知の上でアフガンで命を落とした。
母親には死んだらアフガンの土に埋めてくれと頼んでいた。
それはそれで立派である。
冷静な父親は「息子立派だった」と気丈にマスコミに答えていた。

ここで私は特攻隊の人達に思いを馳せた。
彼らも親より先に死に急いだ親不孝者と言えるかも知れない。
しかし彼らには国を守り、故郷を守り、親兄弟を守るために戦うという大義があった。

アフガンでの農業指導に大義は無いとは言わない。
しかし、戦争状態に近い環境では十分な自衛体制が望ましかった。
一番違和感を覚えるのは、彼はアフガンに尽くし、アフガンの土になるという大義があったが、彼を現地に送り込んだ人達は9条を死守しようとするお花畑に住む人達であり、愛国の士ではないことだ。特攻隊員の死をせせら笑い、無駄死にとする勢力であることだ。
この両者の大義のギャップがこの事件の空しさを語っている。
その観点から、事件の犠牲者を決して無駄死にとは言わないが、安易にお花畑の住人のヒーローにしてはいけない、そっとしておいてあげたいという気持ちが強いのである。
何人もその思想信条を主張するために彼の死を利用してはならないと思う


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